【アメリカでの恋愛・男女愛②】離婚同居の勧めークライマックス

こんにちは。

オトメと申します。☺

今このページに辿り着いているあなたへ、貴重なお時間を割いていただき大変感謝しております。

プロフィールおよび連載ストーリーを読まれた方でもそうでない方でも、きっとこのサイトの何かにご興味を持たれてお越しくださったのだと信じております。

最近ようやくプロフィールおよびオトメのここ数年の激動のアメリカ人生を綴った連載ストーリーが完成し、

気づけば日本、アメリカ、オーストラリア、フランスなど方々からアクセスしていただけるようになりました。

さて今回のコラムは「離婚同居の勧めの第二弾」についてお話ししてみたいと思います。

 

ふとある日「そうだ、離婚しよう」と決意

今回のコラムは前回の「離婚同居の勧め」の続きとなります。

前回のコラムでは、自分がどのように元夫と一緒になろうと考えたのか、そして実際にプレッシャーに満ち満ちたキャリア生活と家庭の両立がだんだんと難しくなり、私オトメが心から苦しんでいる時に限って心無い言動ばかりしてくる元夫にだんだんフラストレーションが溜まってきた、というお話をしました。

簡単におさらいしますと、一人目の子供を母乳育児しながら稼ぎ手としてこの異国の土地であるアメリカ社会において研究職という厳しいキャリア街道をまっしぐら、そんな矢先に元夫は職場の若い女性とカーセックスをする、という浮気に至りました。

まあ、自分を見てくれないことが不満なのはわかりますが、はたで見ていてギリギリでやっている状態の私に対する仕打ちとしては、なかなか受け入れがたいものがありましたね。

即離婚すればよかったのでしょうが、まだその時はなぜか自分を責めたりして、彼を精神的に追い詰めたかもしれない、と反省しちゃったりもしたのです。

また元夫が白状したきっかけとなった事態も、彼自身が反省したからというよりも、浮気相手の女性の彼氏が浮気のことを知ったから、というまあ結局は自分のことしか考えていない状態でした。

そして一度あることは何度でもある、というように、二人目を妊娠している最中に、キャリアにおけるプレッシャーや不安のためか、軽いうつ病になってしまいました。

私の職場の人は私の言っていることがおかしいとかいって、半分無理やり妊婦のうつ専門の精神科医にアポを取ってくれたりしましたが、元夫の方は「うつなんてものは幻想だ。そんなのは信じない。」とサポートするどころか一向に取り合わない様子でした。

英語で言うと、There is no such thing called depression. I do not believe in that. You just get over it. みたいな感じでしょうかね。

 

まあこういったことが続きますと、彼が彼の思った通りに子育てや家事に協力したりしてくれても、基本的にはスタンスが自分中心なので、どこかでいつも自分の想いは考慮されていない、というフラストレーションが日々溜まっていくのですよね。

しかしながら、私オトメもかなり頑固で自我が強いですから、彼ばかりを責める気にもなりませんが。

なので自分の想いを大事にすること自体には何も不満はないし、変に我慢されるよりも後々のことを考えるとマシだとは思うのですが、それでも私オトメが本当に苦しんでいる時にこそ心無い行動を取られると、結婚していながらも孤独を感じるようになるわけです。

二人目を出産した直後、まるで待っていたかのように勤めていた研究所から解雇警告が出されました(詳しくは連載ストーリー参照)。

従って、しばらくはキャリアのほうが落ち着くまでそれどころではなかったですし、日本から雇った住み込みのシッターさんを家庭内に向かえて、二人の子供たちと共にまた新たな生活スタイルに慣れるのにも必死でした。

そんなこんなで、二人目の子供が生まれてから半年くらい経った頃でしょうか、いよいよ住み込みのシッターさんを日本に帰し、せっかく一人目の出産直後に買って引っ越した一軒家も手放さないといけないか、という瀬戸際まできたころに、

ふと立ち寄った隣の州の大病院の産婦人科長に気に入られ、気が付いたらそこで雇われることになってしまいました(詳しくは連載ストーリー参照)。

 

やっとそうやって生活の全てがやっと落ち着いてきたときのことです。

二人目を妊娠している最中にふとメイルをくれたアメリカ人の白人男性で医学者の方がいたのですが、私が産婦人科に研究者として雇われると知って、もっと研究上の交流をしようじゃないかと面白がってくれました。

まず彼が私を呼んで彼の地域の人たちを対象に研究発表をさせていただきました。

 

実はその頃ちょうど私オトメの弟が数年越しで相手の女性の厳しいお母さまに内緒でお付き合いしていた恋がようやく結婚に結びついたりして、ハワイまで飛んで帰ったりとか、まあバタバタしていたものです。

車で二時間くらい南に向かってハイウェイを突っ走り、彼の地域の人たちの待つ場所へと向かったわけですが、少しだけ遅刻してしまったのを覚えております。

あまり慣れていない土地だったのでもっと早くに出ればよかったのですが…何せどこかの組織の研究代表として発表しに行くなんて経験がまだまだ当時は浅かったので、自覚が足りなかったのだと思われます。

医学者君は大層イライラしながら、笑顔を引きつらせながら私を迎えてくれました。

一方で今でも覚えているのは、もうすっごくトイレに行きたかったってこと!

漏れそうだったにもかかわらず、雰囲気としてとてもじゃないけどトイレにいけるような状態ではなく、なんと漏れそう~とかって心の中で泣きながら発表させていただいたのです…

ええ、もちろん発表直後に○○〇へまっしぐら。

 

取り合えず終わり良ければ総て良し、何とか研究代表者としての最初の発表をこなすことができたのです。実際の研究発表内容は好評でしたので、医学者君も満足でした。

彼の地域の人たちを対象に研究発表して以来、その産婦人科の公衆衛生系に関係する研究をまとめる立場として雇われたので、最初は自分の研究を方々で発表するたびに本当に緊張の連続でした。

そして今度はお返しに医学者君を私が新しく雇われた大病院にお呼びして研究発表をしてもらいました。とてもウケが良かったのを覚えています。

医学者君をはじめ、みな同じ産婦人科のお医者さんばかりなので、一種の同窓会的な和やかな雰囲気の中自己紹介や研究発表が進み、そして二人だけで研究のコラボの話をしていた時です。

小さな待合室のような部屋で、二人だけで椅子に座って向かい合い、左手には一階でしたから外を歩く行き交う人達をガラス越しに見ることが出来るような明るい日差しの差し込む場所だったように思います。

私が一生懸命自分がしたい研究の話を目をキョロキョロさせながら彼に向かって話していたのですが、いきなり彼がウットリした目つきで私の顔を眺めていたことに気が付いてしまったのです。

 

「ななななななーんだ、これは?」

 

さすがに私も一瞬でしたが集中力がとび、なんでこの人はこんな目つきで私のことを見てるんだろう?とびっくりしてしまいました。

どうしてだか、キャリア構築に夢中になりすぎて、交流する周りの人達のことが全く目に入らなくなっており、はっきりいって

 

彼らも感情とやらを持つ一人の人間である

 

なんて超当たり前のことをすっかり忘れ去っていたのですよね。

ちょっと首をかしげながらも、彼に夕食をご馳走しにメキシコ料理店へ向かいました。そしてそこでもまたあれれ?と思うような会話になったのです。

 

私としては共同研究の話とか研究に関する話をするのかと思ったのですが、なんともまあそれどころかとても個人的な話や人生に関する話ばかりするではないですか。

要するに、人間的な会話というか、友達がするような会話ですよね。

奥様の紹介とか、私がアメリカに来てどんな人生を歩んだか、とかかなり個人的な話をしたと思います。

 

「そうか~、この人私と友達になりたいんだぁ。」

 

とそこまで来てようやくですが、彼の最近の交流の意図が掴めたのです。それまでは単なる研究上の先輩後輩の関係でしかないと割切っていたのでこれは新鮮な驚きでした。

そしてその後の交流で何度か彼が私の地域に来て他の大学で研究発表したり、学会で何度か直接会ったり、私の方もたまたま学会の関係で彼のいる地域に訪れ、奥様と一緒に住まれているお家に泊まらせてもらったり…と度々交流は続いたのです。

そしてその間に、「なんか異性に大事に思われているってこういうことなのかなぁ」と漠然と感じるようになり、

 

自分という人間または女性をそっと大事に想う

 

これまでに元夫やそれ以前の元カレも含め、そういった男性の持つ繊細な愛情に触れたことがなかったため、

 

愛って何ぞや?

 

という疑問にそれから数年の間ほぼ今日にかけて取りつかれてきたのです。

 

男性の中々見せないそういった繊細な愛情というのは、今度は逆に女性の持つ、相手の繊細な愛情を大事に包み込むような愛情というのを自然と開花させていくように思います。

そういった男女愛に対する目覚めを通じて、2017年の一月に日本でアメリカの地元の大学生のグループを連れまわしている最中に突然

 

「そうだ、離婚しよう」(※「そうだ、京都に行こう」じゃないけど💦)

 

という想いに見舞われたのでした。

 

離婚の手続き

突然日本からSNSで離婚しようと私に提案されたアメリカ在住の元夫としてはいったい何が起きたんだ?ってびっくりしたことと思います。

とてもドラマチックに反応して、結婚指輪を外して「ほら、これがお前の望むことなんだろ」とかって写真を撮って送ってきたりしていました。

実は元夫もアメリカの地元の大学生のグループを日本中連れまわす企画の最初の方に日本にいたんですよね。彼の柔術についての知識などを大学生の前で披露してもらったりしました。

謝礼を出して、その後は私オトメはもっぱら大学生の世話に追われていました。

さすが若いアメリカ人の学生たちだけあり、文句だけは一人前。もう二度とこんな企画するものか、と私も固く誓ったほどてんてこ舞いの毎日でした。

従って元夫と子供たちの世話まで手が回らない状態だったのですが、やはりさすが自分の気持ちに忠実でありそれしか優先しない元夫だけあって、常に恨めしそうな目でふくれっ面でいたのを覚えています。

別にガキじゃないわけで、日本も安全な場所ですから、むしろ自分の好きなように自由に行動すればいいと思うのですが、なぜか私がお世話をしないといけないように思い込んでいるようで、これには参りましたね。

 

別にそれが原因とかではないのですが、元夫が後に一人で次男を連れてアメリカに帰ってから、久しぶりに一人の時間が出来たせいでしょうか、元夫のワガママで自分中心の感情に振り回されないでいる自分を実感したのだと思います。

自分らしくいる、ということに目覚めたのでしょうね。

先ほど申しました医学者君から感じた視線や想いにも通じるものがあると思います。

私の持つ自分らしさを医学者君は繊細な想いをもってして蘭のような繊細な花を育てるかのように大事に見守ってくれていたのだと思います。

 

このようにして徐々に自分らしさそして自分らしく生きることに目覚めていったのでしょう。

元夫は悪い人ではないですが、むしろ人の好いところがあるのですが、私らしさに気づいたりそれを大事にすることはしていなかったようです。もちろん彼に言わせればそんなことはないわけですが!

アメリカに帰国してから、どういう理由でだったか、住み込みの日本人のシッターさんが週末かけて旅行に行っている間に、元夫と大喧嘩になりついに暴力沙汰にまで及んでしまったのです。

元夫は柔術家ですから相手を見て力加減することは本能的に出来るのですが、それでも私の唇のあたりを殴られ、少しですが唇が切れてその部分がはれ上がってしまいました。

 

DVだ、と今はアメリカでも日本でも大騒ぎですが、この場合に関しては私もかなり荒れていましたので喧嘩両成敗と自分の中では納まっています。

元夫もちょっと仕返しをしたくらいのつもりだったのが、結構私の顔にインパクトを与えたので少し驚いたようです。

私はその瞬間に「今日から離婚手続きします」と宣言し、オンラインのサービスを使ってその手続きをし始めました。

元夫も何も言わず、離婚の手続きに反対することはありませんでした。普通はもっと惨劇になったっておかしくはないのですが、彼の中でもどこかで納得せざるを得ないものを感じていたのでしょう。

こういうところであまり不平不満を爆発させないところは元夫の良いところでもあります。

彼が無理を言わないでいてくれたおかげで、アメリカ離婚の典型的な弁護士を雇ってどうのこうの、というドラマな展開に発展することもなく、

ほとんどオンラインの無料のサービスで離婚の過程をすませ、その後仲良くしていただいている弁護士からの書類へのサインと法廷からの離婚認定書をもらい、

 

2017年七月に無事離婚手続きを終了するに至ったのです(パチパチパチ)。

 

因みにアメリカの離婚手続きというのはかなり物質主義的な部分があり、ドロドロなドラマになると、皿一枚をめぐって争いが夫婦間で弁護士を通じて起こるそうです。

まあ離婚専門の弁護士さんはアメリカでは食いっぱぐれることはないですよね。何しろアメリカの離婚率は50%に上るといいますから。

子供の親権も日本の場合と違ってどちらかに託されるということがないので、週末はどうするとか休日や記念日はどうするかとか、週の何日はどちらの家に子供が行くとか行かないとか…永遠に議論が繰り返されていくわけです。

私と元夫の場合は面倒くさがりなので、「半々でいいんじゃん?細かい部分はその都度話し合いで決めれば?」ってな感じでこれは法廷の調停専門の裁判官にも大層ありがたがられたものです。

「こういうふうに柔軟に考えられる元夫婦であれば、子供たちの精神状態も安泰よ。みんなそうしてくれればみんなが楽になるし、子供のためにもなるのにねえ。私からもお礼を言うわ。」

なんておっしゃっていましたね。

私も元夫もこの時ばかりは二人の共通した部分でもある、面倒くさがり屋でズボラな面が功を発した瞬間ともいえるでしょう…

 

私の両親は驚いたものの、まあ理解できるな、ということで静かに見守ってくれていました。

面白かったのは元夫の母親の反応でしたね。もともと彼女は長男である元夫のことを常に心配し、最初は私を娘のように可愛がってくれてはいたのですが、だんだん私が典型的な大和撫子ちゃんでないことがわかるにつれ、私に対して非常に批判的になっていった人でもあります。

そもそも彼女はすごく信仰心の強いカルトなクリスチャンでもあり、大学を中退して専業主婦を貫き通した女性でもありますから、私のような女性のことを全く理解できないどころか心から警戒するわけですね。

真光、という新興宗教が日本でも一時流行りましたが、ああやって手を相手のおでこにかざし、お祈りの言葉を述べる、といった芸当を白昼堂々とスーパーマーケットの前の駐車場で披露したりなさるような純粋な信仰心で満ちた人です…

実は離婚するときには元夫の父親は胃癌をこじらせ既に亡くなられていました。彼も信仰心がとても強く、そして私という人間を最後まで理解することなく、それでいて私に頼るしかない自分の息子にいら立ちを覚えつつ、という状態にありましたから、

ある意味で彼がすでに亡くなっていた、というのは離婚の際には救いでもありました。相手の両親二人が揃っていたら、当然のごとく私オトメを魔女に仕立て上げ、散々自分の息子を操り利用した挙句、要らなくなったら捨てた、と信じ込み、呪いの言葉など毎晩説かれていたとしてもおかしくはないわけですから(考えただけでも恐ろしい…)。

実際に元夫は何年か後になってから、私という女は自分を散々利用した挙句に自分の都合で勝手に自分を捨てたのだ、と完全に被害者ぶったコメントを述べていましたから、まあそういう被害者意識のかたまり、みたいなのがこの家族の考え方の特徴ともいえます。

基本的に信仰心が厚いこと自体なにも悪いことはないのですが、自分たちの人生は神によって操作されている、と信じ込んでいる部分があるのも否めないわけで、考え方が基本的に受け身であり、従って被害者意識も相当強くなってしまうわけなのでしょう。

家庭での教育というのはその人間の人生に対する基本的な姿勢となる、とはよく言ったもので、元夫自身は信仰心もへったくれもないような人間でしたが、やはり基本的な考え方というのは両親から伝授されたのですね。

 

ところが、これだけ私という存在に対して批判的であった元夫の母親ですが、面白いことに、離婚が決定した瞬間、急にすがるように電話をしてきて、なんてひどいと文句を言われるのかと思いきや、むしろその逆で「あら、オトメとは日本に行くときなんかいろいろ教えてほしいわ。」などと、繋がりを保とうとする姿勢を見せたのです。

これには私も驚きを隠せませんでしたが、この裏にはどうも同じような時期にやはりアメリカンなドラマな離婚劇の最中にいた元夫の弟とその嫁との関係において経験した嫌な思いが影響していたようです。

私オトメは確かに荒くれモノですし、激しい性格をしているのですが、同時にかなり論理的に考え行動する部分があるので、あまり自分の好き嫌いによって自分の周りが苦しむような事態を引き起こすことはしません。

従って、離婚という手続きをし、自分の精神状態の安定を図りつつも、元夫とはしっかりコミュニケーションを取り、子供たちの精神状態に悪影響を及ぼさないよう自分の限りを尽くしたりします。

まあ、要するに弟夫婦のドラマチックな離婚劇とは対照的な離婚プロセスだったのでしょう。

その時になってやっと元夫の母親は、とても残念なことに離婚してもう無関係な人間となろうとしているその時になってやっと、私という人間を認め感謝するようになったわけですね。

まさに、時すでに遅し!

 

面白いもので、思春期の子供と一緒、近くにいるときは散々反抗しているくせに、いざ親の存在がいなくなった瞬間に親に縋りつくような、そんな対応でした。

そして、それは元夫の母親だけでなく、たまに東海岸に遊びに来ていた元夫の叔父や叔母も同様でしたね。

結婚している最中は結構冷たい発言や人をいかにも信用していないような発言を繰り返していたくせに、いざ離婚となった時には慌てふためいていたようです。

この時に学んだことは、

 

人間関係の中でも、逆に距離をある程度置いた方がうまくいく

 

類もあるのだ、ということでした。

またまたかなり長引いてしまったので、「離婚同居の勧め」第三弾として、次のコラムにてエピローグ編をまとめていきたいと思います。

 

 

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