【アメリカでの恋愛・男女愛③】離婚同居の勧めーエピローグ

こんにちは。

オトメと申します。☺

今このページに辿り着いているあなたへ、貴重なお時間を割いていただき大変感謝しております。

プロフィールおよび連載ストーリーを読まれた方でもそうでない方でも、きっとこのサイトの何かにご興味を持たれてお越しくださったのだと信じております。

最近ようやくプロフィールおよびオトメのここ数年の激動のアメリカ人生を綴った連載ストーリーが完成し、

気づけば日本、アメリカ、オーストラリア、フランスなど方々からアクセスしていただけるようになりました。

さて今回のコラムは「離婚同居の勧め」第三弾についてお話ししてみたいと思います。

 

元夫との離婚同居の始まり

さて、前のコラム記事において、元夫とどのように出会い、一緒になり、結婚にいたり、そしてついに離婚に至ったか、について結構アツく語ってしまいましたね(詳しくは第一弾第二弾を参照)。

気がつけばもう第三弾に突入です!

何はともあれ離婚手続きは終了したのですが、今度はじゃあ離婚してその後どうする?

っていう段階に突入したんですよね。

よくアメリカで離婚した子持ちのカップルがやりがちなパターンが、子供を別居しているそれぞれの両親のもとに数日間ずつ住まわせるっていうやつです。

この状況を子供の立場に自分を置き換えて考えたとき…

まず自分の家が二つに増えるわけですよね。これって結構格好いいというか素敵ですよね。なんか一つの家や部屋だけしか自分の帰る場所がないっていうわけじゃないのですから。

特にコロナ禍においては、都会に住んでいる日本の人たちはもっと快適なスペースや自然とのふれあいを求めて郊外に二つ目の住居を購入したりする人が増えたそうですね。

アメリカは割と家の中でもスペースがあったりするのですが、それでも不動産の世界では売り手に有利な、つまり住居を購入する人たちがコロナ禍によって逆に増えた、という話を聞きます。

したがって、コロナ禍を経験した後の世界においては、自分の住処が二つあるってことはそれほど珍しいことではなくなった、という話ですよね。

 

実際に私オトメもアメリカの一軒家および東京の実家、と二つの住居を言ったり来たりしているわけです。これはこれで良い気分転換になるので悪い環境ではないと思います。

ただ…一つだけ問題点を上げるとすれば、子どもの意志でどちらの家にどれくらいの期間泊まるかということが決まるわけではない、ということですね。

そうすると結局は完全に親の都合で子供の生活が左右され続けるということです。

二つ住居を持つことが問題なのではなく、親の都合で子供の生活が左右される、ということが焦点の当てられるべき部分だと思います。

よく子供が離婚した夫婦のもとで、自分の存在に罪悪感を感じ始める、自分のせいで両親が離婚したのではないか、と不安に感じ始めるなんて話をよく聞きます。

おそらくですが、そういった子供の心のなかでは

「お父さんお母さんは離れて暮らしたいのに、自分がいるから仕方なく自分を行ったり来たりさせているのだ」 イコール 「自分さえいなければお父さんもお母さんももっと自由で幸せだろうに」

と、本当だったら無関係でいられるはずなのに、仕方がないから子供を行ったり来たりさせることでなんとか自分の心の安定と生活の自由を維持している親の姿が浮き彫りになるわけですね。

 

もしですが、子供の都合をまず一番に考えたらば、両親は自分をも大事にし、そして自分たちも出来るだけ自由に幸せになろうとしている、と考えるのではないでしょうか。

日本ではまだまだ親権を共有することはないようで、親権を失った片親は子供とのつながりを大層心配するようです。もっともな話ですよね。

また誰だって悪者にはなりたくないわけですから、別れた相手の悪口をわざとではなくても子供の前で言ったりするでしょうから、子供との精神的なつながりが切れることを恐れるのも無理はないでしょう。

 

そして次の問題は学区域の話になります。割と近所で別居を構えている場合ならば問題はないでしょうが、多くの場合もう少し離れた場所に別居を構えるわけです。

そうなると、大抵の場合週日中は母親の元にいて学校に通い、週末に父親の元へ泊まりに行くというパターンが多いように思います。

まあまたそこで執着心の強い人たちの場合など、それだと日数的に少なすぎるとかなんとか、親権をめぐっての裁判が永遠に続くわけですね。

 

また経済的な問題も中流層の場合であれば考慮すべき点となります。今までひとつ屋根の下で暮らすことで経済的にやりくりしていたのが、二つの住居を持つことで、生活費がほぼ倍かかるようになるわけです。

経済的な問題点が私達を離婚同居に駆り立てた一番の原因だと思います。

そしてアメリカの一軒家はアメリカの基準からすればそこまで大きくはなくても、日本の基準からすれば十分なスペースがあったりしますから、週日の昼間は仕事でおらず、家にいる時間はほとんど自分の部屋にこもっているならば、そこまでストレスにもならないわけです。

言ってみれば、元夫と今日本でも増えてきている、シェアハウスに住んでいる感覚となりますね。

また、住み込みのシッターさんがいることで、大人同士の交流においても常に元夫を相手にしなくてはいけない、ということにはなりませんから、彼女の存在も大層助かります。

そして、今の一軒家は子どもたちが住む場所として相続を彼らの名前にしてありますから

 

子どもたちの家に離婚した親二人が住まわせてもらっている

 

という意識もどこかにあると思います。

もちろん元夫を放り出すか、一軒家自体を売りに出してそれぞれの住居を新たに探す、というオプションはあります。元夫を放り出すと経済的な問題が解決されないのでこれは当時は無理でした。

さらに、元夫は完全に自立して自力で生活を営んだことが、実はないんですね。

西海岸にいた頃は、家族や親戚の家に住まわせてもらったり、また親戚に紹介してもらった相手の部屋を借りたりしていたので、家賃が滞っても相手が待ってくれたりしたわけです。

しっかり経済や生活を自分自身が管理しないとホームレスになる、という経験を一度もしたことがないんです。

 

ちなみに、今の一軒家というのはひろ~い庭に囲まれている、まさに

 

大草原の小さな家

 

みたいな土地です。

 

そうなると冬以外の季節においては、隔週で常に芝生を刈らなくてはいけない、そして草花を植えている場合においては雑草抜きや、モルチという雑草の繁殖を抑える木の幹のはがれたような黒っぽい土を毎年必ずばらまいていかなければいけない、となんとも手間がかかるのです。

さらにこの一軒家は築80年以上は経っていると思われますので、ご近所の様子は緑に囲まれふと佇む住まい、従って人工的な雰囲気が全くとよいほどなく、自然で穏やかな雰囲気に囲まれているのです。

ただ同時にこれだけ古い家ですと、常に家のどこかを修理していなくてはいけない状態となります。いちいち外部の人間を雇って修理してもらえばとんでもない経費となってしまうのです。

元夫は西海岸の一軒家に育っていますので、こういった日曜大工的なことは大の得意。時間はかかるとしても、彼に任せておけば問題はないわけです。

となると、この家を維持していくには元夫の存在はかかせません。経済的な理由の他に元夫を放り出せない理由がここにあるのです。

 

じゃあこんな面倒くさい家なんかさっさと売ってそれぞれの住居を見つければ、ときっとあなたは思うでしょう。

この住居の近所というのは、先程も申しましたとおり、自然な雰囲気の中に佇む穏やかな地域です。

それと同時に学区域の安全性も保証されており、さらになぜだか近年やたらと便利な場所となってきていて、大抵の用事は車で運転しなくてもたどり着けるくらい近い場所に全てがそろっていたりします。

また、ご近所さんたちとの付き合いもかなりうまく行っていて、子どもたちと同じような年齢の子どもたちが周りに住んでおり、うちの家の前にあるバスケットボールの編みを囲んでボール遊びしたりするのです。

つまり、子どもたちが生活するには、そして大人にとってもとても生活しやすい場所なんです。

これは不動産関係の友達に聞いた話ですが、生活費、安全性、人間関係、便利性、住む場所の雰囲気、この全てに満足できる住居というのはなかなか見つからないそうです。

私もそうだと思います。

従って子どもたちが相続するこの一軒家を売りに出すことを躊躇するわけです。

とそんなこんなでとりあえず当面は離婚同居という形を取ろうじゃないか、という結論に至らざるを得ませんでした。

 

離婚同居の実態はいかに?

さてさて、全体の要素を考慮に入れて結果として離婚同居に踏み切ったわけですが、離婚同居における最大の利点はなんと言っても

 

経済面および生活面で特に大きな変化がない

 

ことだと言えるでしょう。

もちろん一応法律上離婚しているわけですから、私と元夫の間の関係性は大きく変わってはいるのです。

まず私達の場合において一番に気がついたのは、もう法律上家族ではなくなった私に対して少しだけですが遠慮がちになったことですね。

要するに、当たり前の存在ではなくなり、私の意志一つで家のローンを払わずに家を売り出したければそうするし、相手を自分の感情いかんで扱いたいように扱えない、そうすることによって何らかの結果が伴う、ということを離婚を通じて体感したのでしょう。

強いて言えば結婚したからと言って絶対的な関係になるとは限らないということを体感したのでしょう。

彼の両親は母親が未亡人になるまでずっと結婚していた信仰心の深い人達でしたから、彼らのもとで育った元夫にとっては結婚さえすればあとは何を言っても何をしてもそれが壊れるはずはない、という意識があったのだと思います。

まあ、世の中そんなに甘くないってことですかね。

離婚同居というのはまだまだ一般的な形態ではないものの、実は日本でもアメリカでも徐々にそういう形を取る人たちは増えてきているようです。

やはり経済的そして生活的な理由でそうせざるを得ないようですね。

私の中でまだ生活はともにしているとしても、とりあえず白昼堂々と付き合いたい人と付き合えるし、どこに誰と出かけようとも気を使う必要がない、という特権を取り戻しただけでも、随分気が楽になったものです。

 

ところが、実際に時空間を生活の中でともにしているため、元夫がお互い何をしても文句を言える立場ではない、という立場を感覚的に理解することは至難の業でした。

2021年の今に至っても彼の中でそれを感覚的に完全に腑に落とせているかといえば、確実ではありませんね。

例えば、つい先週末など、彼が「ねえねえ」と話しかけてくるものですから、「なんですか」と答えたら、

元夫「あのさ~、実は25年来会ってない友達がなんと車で二時間くらいのところでワイン畑を経営していることが発覚したのさ。」

オトメ「えー、そうなんだ。西海岸で育ったのに、東海岸のそれもすぐ近くのワイン畑にいるなんて、すごい偶然だね。」

元夫「オトメはワイン好きじゃん。だから近いうちに一緒にドライブしてワイン畑に遊びに行こうかなと思ってんだけど。」

オトメ「…あー、まあそうなの。」

元夫「それでさ、25年も会っていない友達なわけよ。だからそこまでドライブしていくんだったらそのままそこに泊まって行きたいんだよね。25年だよ。」

オトメ「…あのさ、どうしてそこに私がいることになるの?」

元夫「彼の奥さんもいるみたいだし。」

オトメ「…私は君の奥さんではない。」

という具合のはっきりいって都合のいい友達以上奥さん未満な存在に彼の中で成り代わっているわけです。

英語では Third Wheel というのですが、要は相手にパートナーがいるのに自分がいないと何となく心もとないので、一緒に来てくれないか、という話なんですよね。

離婚しているなんて25年も会っていない友だちの前で言いたくないわけです。

なんでそんな手前の都合にこちらの大事な週末を奪われなくてはいけないのか理解できない、とかなり大声ではっきりとしっかりと、私達、離婚してるんだよね?と確認作業を行わなくてはいけないのです。

 

会話の様子を見ていただければわかるように、我々は離婚しているといえども、かなりフレンドリーで気軽なおつきあいをさせていただいています。

お互い面倒くさがり屋なのと、余計なストレスを心身に抱えたくない、そして子どもたちの精神状態に悪影響を及ぼしたくない、等の理由から基本的には仲良くやっていこう、という意志はお互いにあるのです。

まあしかし、元夫の自分の都合で動く、という傾向は常にあるわけで、離婚した後も職場の既婚者の女性と恋愛関係になったりしたそうですが、

元夫「あのさ、ちょっと言いたいことがあるんだけど。」

オトメ「なに?」

元夫「実はですね、お付き合いをしている女性がいるんです。」

オトメ「…へ~良かったじゃん。おめでとう。」

元夫「彼女は既婚者なんだけど、旦那には完全に無視されている状態で、云々」

オトメ「まあ、うちには連れてきてはほしくないけどさ、外で楽しむ分には全然いいんじゃん?」

という感じで私オトメはあっさりと相手の門出を祝ったわけですが、その一方で私に好きな人や気になる人ができると、非常に恨めしそうな目で睨みつけ、

「俺を利用するだけ散々して、こういう仕打ちをするんだね。大層な女だなお前は。」

という非常に不公平な反応が返ってくるわけです。

そのくせ、「俺には何でも話してほしいんだよな。君のことをは一番わかっているつもりだから。」とかなんとか私の心の所有権を主張したりするわけです。

 

実は住み込みのシッターさんを何人か雇ったのですが、その一人がなんと日本人の若い男性だったのです(詳しくは連載ストーリー第九話参照)。

その時も元夫が私と彼の仲の良い様子に心から嫉妬して、その男の子に不必要に攻撃的になったり、私に大して「お前は彼に惚れちゃっているみたいだけどな、彼はお前になんか興味ないってしってた?」とか憎まれ口ばかり叩いていましたね。

それでも日本のありとあらゆる文化に精通していたそのシッター君の存在は当時のオトメにとっては大層な癒やしとなり、キャリアや家庭であまり楽しい思いをしてこなかった私でしたが、

本当に久しぶりに、というか十年ぶりくらいに

 

楽しいなあ~

 

という思いが心に沸き起こったりしたのには自分でも驚きました。

生命力を徐々に取り戻していった時期であったようにも思います。

 

離婚同居中に元夫を少し離れた位置から毎日客観的に観察することで、元夫は認知的にまた精神的に一定のパターンというのがあるようだ、ということに気が付きました。

つまり、穏やかでのんびりしているかと思えば、急に厭味ったらしい態度になったり、とそれを繰り返しているわけですね。

ただ一時的にも家の外で女性の存在ができると、家ではかなり感情のブレが抑えられるようで、私オトメとしてはむしろそういう相手が元夫に常にいてくれたらいい、と願うほどです。

そしてこの元夫の中には激しい被害者妄想がはびこっているようだ、ということにも気がついたのです。

つまり、常に何があっても、自分が楽しく幸せならいいが、私がそうであることは許せない、なぜなら私は彼の人生を滅茶苦茶にした加害者でしかないから、というスタンスですね。

実際に私についてきて今の彼の生活があるわけですから、完全に元夫の視点が理解できないわけでもないですが、まあ彼が自分の意志で私についてきてもいるので、全ての人間関係は常にお互い様だと私は思いますね。

 

いっとき、オンラインのサービスで出会った中国人の女性と元夫は恋に落ちたようで、この女性によれば、彼女はとんでもない金持ちであり、元夫さえ良ければすぐにでもアメリカに移住して二人で「アパート」に住み、子育ての手伝いをしてもいい、

というなんともハチャメチャな提案をされたようですが、恋愛真っ最中の元夫にはとんでもなく素晴らしいアイディアに聞こえたようでした。まあ、知能レベルはチンパンジー並だったわけですね。

どこの誰ともわからないような中国からの女性に自分の子供達の面倒を見てもらうなぞ、とてもじゃないけど賛同できない、もう少し冷静に相手の言っていることを考え、話し合いをしてほしい、とさすがに私オトメとしては賛成できないと思いました💦。

当たり前ですが、元夫は単純に騙されていただけのようで、いつの間にかそんな話もおじゃんになっていたようです。

そして他に何のオプションもないことがわかると、私にやたらと感情的に突っかかってくるようになるわけですね。

 

最近になってわかったことですが、私オトメの四柱推命の五つのサインのうちの二つが偏官だということを学びました。

四柱推命の中では最も荒くれモノとして知られる、星座で言えば牡羊座のような雄々しいサインです。

なるほどぉと思えるほどに、私オトメは大変に荒々しい一面を持っており、このアメリカでの20年以上に渡る生活においても、そういったダークな一面はそこここで表現されてきたようです。

一見そう見えないだけに、そういった一面を垣間見た人たちは戸惑ったり私を怖がったり精神病扱いしたりしてきました。

私オトメは何を隠そうアメリカで20年も生き抜いてきてしまった、バツイチ子持ちの40代日本女性です。

勉強ができず、勉強が大嫌いで、何か面白い生き方はないか、と就職大氷河期であった日本を2000年に脱出したあと、

勉強ができる → アメリカでの研究者キャリアを築く

のではなく、

生き延びるために仕方なく勉強して → 気が付いたらアメリカ政府に認められる研究者

になってしまっていたような人間です(詳しくはプロフィールおよび連載ストーリー参照)。

 

自分で自分のそういった部分が自分のこれまでのアメリカでの人生を支えてきたと同時に、自分のことが理解できないでいるところもあり、なんとなく自分の奥深い部分において罪悪感につながっていたようにも思います。

2020年ころには自分のこの地球上における存在すら疑問に思えるようになるほど、自分の現実的なまたは精神的な居場所をこの世界において見失ってしまっていたのですが(詳しくは連載ストーリー参照)、

それと同時に半分ヤケになって参加した「女性の自立を応援するラインコミュニティ」を通じて出会った日本の方たちがまあコミュニケーション能力とネットワーク結成能力に長けていると申しますか、こんな荒くれモノであるオトメもしっかり受け止めてくださいまして、

全く予期していなかったのですが、いつの間にか私達の間にははるか海の彼方を超えて、一年後にはともに世界を舞台にお互いの夢を応援し、ともに叶え、創造の人生を歩むような、強固な精神的および経済的なつながりを持つようになったのです。

こうした素晴らしい出会いによって、徐々にまた自分らしさを受け止め認めてやる、そして大事に育ててやる、という姿勢に徐々に生き方を移行していくこともできるようになりました。

※因みにラインコミュニティの方たちは日本の方たちなので、もしご興味があればぜひそのコミュニティのリーダーでもある男性の波乱万丈な人生音声レター「びび太の部屋」へのライン登録してみてくださいね。

 

そして2020年同じくらいの頃に、研究を通じて出会った博愛精神に満ちた元アメリカ特殊部隊出身のアメリカ人の白人男性との出会いを通じて、生まれてはじめて

 

荒くれモノである私オトメって超かっこいい

 

自分の中で常に罪悪感の元凶となっていた部分をついに誇りに思うことができるようになったのです。

アメリカ特殊部隊というのは世界最強の軍隊と言われているほどですから、心身ともに強靭な方なのだと思われます。

別に元特殊部隊さんが私に何をしたわけでもないのですが、会議中のふとした発言などに、彼からの私に対する偉大なる敬意を感じ取ることができたんですね。

どうして?なんで?と聞かれると…もうこれは感覚的なというか本能的なものなので、なんと言ってよいかうまく説明できないんですが、

20年以上も激しい波乱万丈の人生を歩んできた私オトメの中では、自分自身でも手に余るほどの激しい部分である自分の、

そんな激しい部分は男性ならまだしも、女性においては今の地球上においては受け入れられないという諦めと孤独感に満ちた心の叫びがずっと響き渡っていたようです。

自分は女として生まれてきて不適切だった、みたいな。

ところが、エネルギー的というのか、私の会議中の発言に対する感謝と敬意の気持ちのこもったコメントや私の存在をどこかで気にかけていてくれる、なんだか包み込むようなオーラ、を元特殊部隊さんから感じていたに違いありません。

なにしろ、アメリカ特殊部隊における訓練というのは通常の軍隊における訓練とは随分異なるようで、要求される身体的知能的レベルというのは半端じゃないようです。

そして、彼らが特殊部隊を去る頃には世界のどこでもどんな社会においてもやっていける

 

正真正銘のプロ

 

になるんだそうです。

 

そう、まさに彼から感じ続けていた敬意というのは

 

プロとしての敬意

 

だったんですね。

まだ特殊部隊というのがどんなものなのか知らなかったので、後になってまさに元特殊部隊さんから感じていた敬意そのものを表すような訓練内容であったことを学んだときにはさすがのオトメもちょっとビックリしましたね。

荒くれモノである部分の私って本能レベルにおいて相手からのエネルギーを嗅ぎ分けているようなんです。

元特殊部隊さんのおかげで(って彼は何もしていないんですけど💦)、私オトメは生まれてはじめて自分の全貌を理解し、そしてその全貌を誇りに思えるようになったのです。

なんか相手の存在だけで自分が元気づけられる、とかよく言いますけど、特に言葉をかわし合わなくても、文字通り相手の存在とそこから発せられるエネルギーだけで私オトメの中の荒くれモノである部分が癒やされてしまったのですね。

 

おおっと、随分話がそれてしまったのですが、実はちゃんとつながってきますから大丈夫!

このように元夫にもかなり嫌われていた私オトメの中の荒くれモノな部分を、この私自身が誇りに思えるようになったおかげで、彼からの感情的な攻撃にも随分耐性がついてきたのです。

以前だったらすぐに何らかの暴力的な言動に走っていたのが、それをしなくて良くなってきたのです。相手が私を理解できないだけであって、別に私は何も悪いことはしていないのですから。

離婚同居を四年ほど続けることによって、このように私オトメは徐々に相手は相手、そして自分は自分、と自分をさらに理解することで、相手のことも自分とは分けて客観的に見れるようになったのです。

面白いことに、元夫の態度も徐々に和らぎ、あるときにはふと「そうか、お前もかなり惨めな思いをしてきたんだな。」と漏らしたりするようになりました。

それ以来何かが彼の中で感覚的に腑に落ちたようで、私に対して厭味ったらしい僻み(ひがみ)を言わなくなりました。

文字通り、法律上のみならず、

 

精神的に離婚

 

することができたのです。

 

精神的な離婚を果たした後

この間のワイン畑に住む昔なじみの友達についての会話より、私オトメとしてはやはりそろそろ自分だけのアジトを見つけなければ、と思うようになりました。

精神的に距離をおくことができるようになった今、今度は現実的に距離を置くことで、元夫の自分勝手な都合による勘違いを徹底して虱潰しに潰していこうと考えたわけです。

離婚同居というのは、自分をさらに深く見つめ、そうすることによって相手を客観的に理解し、精神的にも共依存状態からお互いに抜け出していくには良い形態だと思うのですが、

やはり最後の決め手となるのは現実的にも距離を置く生活を作ることだと思いました。

ほとんどの場合は、まず現実的に距離を置くことから始めるわけですが、それを最初にしてしまうと、精神的なわだかまりを消化できずにいつまでも相手を心のどこかで恨めしく思ったり、離婚を相手のせいにしたり、という被害者妄想な状態が続くのではないかと思います。

なので、まずは離婚同居からはじめ、徐々に現実的にも距離を置いていくと身も心もさっぱりと離婚できるのではないでしょうか。

これって、実はれっきとした暴露(ばくろ)心理療法と言われる手法に基づいていると思われるのです。

例えば、あなたは犬が怖いとしましょう。

その恐怖症を癒やすために、実は直感に反するようですが、わざと犬と対面させる、ということをするわけです。

最初は10メートル離れたところから始め、まるで「だるまさんがころんだ」みたいな感じで徐々に徐々に距離を縮め、最後には犬を触っても恐怖心が起きないところまでもっていくわけです。

これが効くんですよね~。

 

もちろん同居しているわけですから、現実的な距離は保てなくても、一旦法律上離婚し、お互い遠く離れて話も目も合わさない、という状態を保つ代わりに、徐々に徐々に離婚した状態で相手の存在に対面し続け、無関係な相手として慣れていくっていうかんじですね。

実はちょうどコロナ禍の最中であったこともあり、2021年に入ってから教育上の懸念から、子どもたち二人を東京の実家に預けてあります。

子どもたちの環境適応能力というのは大変なもので、数ヶ月しかいないうちに、現実的または精神的な居場所をしっかり築き上げ、元気に楽しく生活しているようです。

子どもたちがいなくなったおかげで、更に自分と向き合い、元特殊部隊さんの存在も手伝って、自分の全貌を理解、そして無事精神的な離婚を果たしたあたりから、現実的にも動きが出始めたのです。

今現在において不動産を購入するには時期的にも経済的にも見合わない、とは思っていたのですが、なんと私の研究関係で仲良くさせてもらっている若い黒人女性が

「ねえ、とってもいいアパートをオトメの近くに見つけたのよ。しかもベッドルームも二つでもそんなに家賃が高くない。」

といってきたのです。

彼女とはいずれ不動産を共有しようか、なんていう話はしていたのですが、まさかこんなに早く今年中にそれが実現するとは夢にも思っていなかったので、流石に私オトメも驚きを隠せませんでした。

 

つまり離婚同居を続けることによってついに精神的な離婚も無事に果たし、そうすることによって現実でも動きが勝手に起きてきたわけですね。

心の様子はそのまま現実となって現れる、なんてよく言いますが本当にそうなんですね。

人生は誠に面白し。

 

 

 

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